田無クリニックモール 田無クリニックモール
田無クリニックモール 田無クリニックモール
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田無クリニックモール 田無クリニックモール
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田無クリニックモール 田無クリニックモール
田無クリニックモール 田無クリニックモール
場所 東京都西東京市
科目 皮膚科、循環器科、耳鼻咽喉科
開設 2016年7月
西武新宿線田無駅から徒歩3分と好アクセスの田無クリニックモール。皮膚科、循環器科、耳鼻咽喉科の3つのクリニックと調剤薬局を備えています。
今回は、同医療モールで開院された「田無スキンクリニック」の高橋院長、「田無循環器クリニック」の未定院長にお話を伺いました。

田無スキンクリニック

  田無スキンクリニック  

診療圏調査から皮膚科の手薄な立地を選択

2017年4月に開院した「田無スキンクリニック」。高橋宏治院長は開業のいきさつについて、「もともと開業志向が強く、インターネットで物件探しをしていました。自宅のある練馬からも近い多摩地域や埼玉方面で物件を探していたところ、先に開業された先輩から田無クリニックモールの情報を聞き、総合メディカルさんにコンタクトを取ったのがきっかけでした」と語ります。

田無クリニックモールでは、すでに循環器科、耳鼻咽喉科のクリニックが開業しており、最後に開業したのが皮膚科の同院でした。

医療モールを選択したのは「戸建てだとかなりコストがかかりますが、医療モールテナントでの開業なら手が届きやすいというか、初期投資を抑えられるのが一番の理由でした。また、いろいろな診療科が集約されているので患者さんにとってもメリットが大きく、そういったところに魅力を感じたのです」と高橋院長。

西武新宿線の田無駅前という立地での開業は、競合する皮膚科の少ない地域だったことも大きな理由だったといいます。「開業にあたり、総合メディカルさんに診療圏調査を依頼し、自分でも歩いて調べたりしました」と、場所選定に奔走したといいます。

その甲斐あって、「集患については開業直後から立ち上がりがよく、夏ぐらいから安定して多くの患者さんにご来院いただいています。先に開業されている先生方も、患者さんに『今度皮膚科ができるよ』と知らせてくださったようで、そこでも医療モールの有り難みを感じました」と高橋院長は話します。

地域の皮膚科として信頼される存在に

田無駅の近くには住宅街が広がっています。そのため、クリニックを訪れる患者さんもお子さんから高齢者まで、年齢層が幅広いのが特徴です。

院内にはキッズスペースもあり、来院者に占めるお子さんの割合も4分の1~3分の1程度と比較的多く、「小児領域では、湿疹やウイルス性のイボの治療が多いです」と高橋院長。 「ほとんどは保険診療の患者さんですが、美容皮膚科も掲げていますので、ピアスの穴開けやイオン導入といった美肌治療などの自由診療の患者さんも一部いらっしゃいます。皮膚科に関することなら、まんべんなくさまざまな症状の患者さんがいらっしゃいますね」と話すように、地域の皮膚科として頼れる存在となっています。

また、都立駒込病院で皮膚がんの治療に携わっていた経験を生かして、外科手術も実施。ホクロや粉瘤、良性の皮膚腫瘍など、局所麻酔による日帰り手術を院内でおこなうなど、皮膚外科の領域にも対応しています。

モール内での連携もスムーズにおこなわれており、「たとえば、顔に湿疹ができて来院した患者さんでも、同時に鼻水が出ているような場合は、皮膚科だけでなく耳鼻科にも行くように勧めています。こういう症状では、一時的に湿疹だけを治しても、鼻水が続いているままだと再発してしまうことがあるのです」と高橋院長。年に数回、医療モール内の先生方と情報交換を兼ねた親睦会を開催していて、医師同士の交流が患者さんにとってもプラスとなっているようです。

会計事務所紹介や人材採用のサポートも

1年余りは国立病院機構相模原病院に勤務しながら、そして同病院を退職後の3か月間を開業準備にあてたといいます。

「医療機器などは業者さんに納品してもらえますが、ちょっとした小物類を探すのが一番大変でした。また、総合メディカルさんからご紹介いただいた会計事務所さんには迅速に仕事をしていただきとても助かっています。スタッフの採用についても、総合メディカルさんと会計事務所の方にもご協力いただいて面接をおこない、よい人材を集めることができました」。

「開業を成功させるには、コンサルティング会社の担当者がどれだけやってくれるかが一番大事。僕の場合は、総合メディカルさんにしっかりとやってもらって心強かったし、安心してお任せできました。相性の問題もあると思うので、その点は恵まれていましたね」と高橋院長は振り返ります。

最後に今後の抱負を伺うと、「土曜日の午後は休診にしているのですが、今後はそこをうまく利用して往診や訪問診療などもおこなっていきたいと思います。在宅医療では、寝たきりの方の床ずれ(褥瘡)の問題など皮膚科に対するニーズもあると思っており、そういった面でも地域の皆さんのお役に立てればと考えています」と語ってくださいました。

田無スキンクリニック

〒188-0012 東京都西東京市南町5-1-8 田無クリニックモール2F
診療科目 : 一般皮膚科・小児皮膚科・皮膚外科・美容皮膚科
TEL : 042-468-1666
URL : http://tanashi-skin.com

田無循環器クリニック

  田無循環器クリニック

“両手の空いた”医師が患者に正対し、診察する姿が特別なものである理由

田無循環器クリニックの診察室では、院長である末定氏が椅子に座り患者さんと正対し、問診し、触診し、診察が進む。一見変哲のないこの記述に、違和感をもつ読者もいるのではないだろうか。多くの現役臨床医が、自身の診察の実際を思い浮かべ、「少なくとも問診は、電子カルテに入力しながらなので、デスク上のキーボードに向かっており、患者さんには正対できない」と知っているはずだから。

ところが末定氏は、正対できる。問診の際も、両手は空いていて自由に使える。電子カルテへの入力は、後ろに控えるメディカルクラークがおこなっているからだ。
「診察室にメディカルクラークの席を設け、入力を一手に引き受けてもらう診察スタイルは、開業にあたって必ず取り入れようと決めていました。欧米の医療界では、『医師が、医師としての仕事に集中するために必要なサポート』の定番である事務補助の一つですが、日本ではいまだに医師自身がキーボードを操作しながらの診察が多勢を占めています。
実施してみての感想は、『まさに、これ!』。患者さんに正対し、両手を自由に使い、ストレスなく診察を展開しながら、口頭で指示するだけでカルテができあがっていきます。つくづく、なぜこれが日本でもスタンダードにならないのだろうと不思議でなりません」

開業には乗り気でなかったが理想の医療実現のチャンスと気づいてから一気に邁進していった

末定氏は、早くから開業を視野に入れて医師としての人生設計を立てた人物ではない。むしろ、「できるなら開業したくない」と思っていた節さえある。2016年に60歳での定年退職が待ち構えるなか、開業の具体案は、その3年前になって考え始めたとのこと。そして、考え始めてみると、ある時に目から鱗が落ちる思いに至ったのだという。

「西東京中央総合病院には27年勤務し、常に理想の医療の実現を願って邁進しました。2008年からは副院長の立場から、診療科の枠を超えて病院をよりよくしようと努力しました。しかし、大きな組織ですから、私がよいアイディアだと思って提案しても、すぐに採択されるわけではありません。その点に悶々とする自分がいたことに、開業を思い描くようになって初めて気づきました。『そうか、開業とは、自分の理想の医療を実現し、実施するチャンスなのだ』と得心してからは、開業構想を練るのがより楽しくなっていきました」

「患者さんのついてくる開業」で満足しない。着々と練った人材と人材活用計画

末定氏は多くの手術を手がけてきた心臓血管外科医だが、外科と内科の垣根を取り払った診療体制が理想と考え、自身も救急医療に従事し、心不全を中心とした入院患者を診ていた。
徐々に循環器内科の外来枠が増えると、7年前からは毎日外来を担当するようになり、たくさんの受け持ち患者さんができた。循環器内科を受診する患者さんの多くは慢性期である。病気と長く付き合いながら人生をまっとうするには医師のサポートが欠かせない。退職後にも患者さんへのサポートが必要だという観点からすれば、末定氏の開業は必須だったともいえる。
これは、いわゆる「ついてくる患者さんのいる開業」で、医院経営的には成功を約束されたようなもの。腐心すべきは建物の確保のみという考えも成立する。
しかし、末定氏は違った。開業という好機に気づいて以降、取り憑かれたように「理想の医療の実現」構想に取り組んだ姿が目に浮かぶ。

冒頭に触れた診察スタイルに代表される、院内システムを練りに練った。もちろん、診療方針も熟考した。そんな中、末定氏が最優先で精力を傾けたのは、スタッフ構想だった。
「私の思い描く理想の医療を実現するには、有能なスタッフが必要でした。スタッフ構成によって、できること、できないことが変わるほど重要でした」
そして、梁山泊に勇者が集うように、一人、また一人と腕自慢の能力者が末定氏の開業計画に賛同の意を示していった。結果、できあがった常勤スタッフの構成は、事務職1名、検査技師兼看護師1名、メディカルクラーク2名。「事務職も、検査技師兼看護師も、実は同じ病院でチーム医療の理想を語りあった仲間です。どちらも有能さはよくわかっている人物。前者はパートタイマーで循環器科の秘書を務め、学会や研究会への症例登録や入院サマリー、診療情報提供書の作成をしてくれていました。後者は他院で働いていたのですが、検査技師と看護師のダブルライセンスをいかしきれていないと聞いていました。この2名には早期にお声がけし、参加を承諾してもらえました。両人が声をかけやすい状況下にあったのは、とても幸運でした」
開業から満1年が経とうとしている取材時点では、管理栄養士の常勤化を真剣に考えているとのことだった。

ここまで、一連のスタッフに関する考えを聞いていると、医師というよりもベンチャー企業家と話しているのではと錯覚するような感覚をもった。その旨を伝えると、末定氏は微笑んで言った。「現代の慢性期医療の質を担保するには、チーム医療が欠かせません。このクリニックも彼女たちがいなければできていなかったのです。私にとってはあたり前の考えです」

この思考をもつ医師の真骨頂は、集めたスタッフのモチベーション喚起法にあるだろう。田無循環器クリニックでは、なんと歩合給が支給されるのだ。「頑張った人が頑張った分だけ報われるのが、正しい資本主義の姿だと信じています。歩合給は受付スタッフにも適用しています。クリニック全体に、『忙しければ忙しいだけ還元があるので、やる気が出る』といったカルチャーを行き渡らせたいと考えています」

末定氏の開業計画では、コンサルティング会社との出会いも大きな推進力となった。「開業を決意したものの、何の準備もなく、自己資金ゼロでした。しかも、長く糖尿病を患っており、20年間インスリンを使っています。60歳でそんな健康状態の医師に、融資してくれる金融機関などあるのだろうか?と不安をかかえつつ、総合メディカルさんの門を叩いたのですが、見事に見つけてくれました。正直、驚きました」

驚きは、それに留まらなかった。「そんな準備不足の状態ですから、開業候補地が未定なのも当然。それに関しても、私が在職中に『循環器センター計画』を打診しながら、話をまとめることのできなかった田無駅前の土地オーナーと即座に合意を形成してしまった。しかも、当院単体ではなく、クリニックモール建設という大計画を実現してしまったのです!専門家の手腕に唸るしかありませんでした」

患者さんとしっかり向き合う地域医療連携に出会った意外ないきさつ

必要とあれば、初診の患者さんには1時間の診察時間を割く。「慢性疾患の初診時には、病気のこと、薬物治療のことに加え、栄養指導や生活習慣の改善の必要性などを時間をかけて説明します。患者さんにはまず、自分の病気がどういうものなのか理解してもらわないといけませんから。

一方、再診の患者さんには診察時間はそれほど必要ありません。大切なのは、待ち時間が伸びないこと。そのために、再診は予約制とし、待合室のモニターで『あと何人で自分の番がくるか』がわかる情報掲示システムを導入しました。これはパソコンやスマホからも確かめられるようになっています。

もう一つの工夫は、診察室の活用。2つある診察室の片方をホルター心電図や睡眠時間治療の解析結果を説明する、あるいは血液検査などの結果待ちの患者さんのために使用。もう一室で別の患者さんの診察を進めます」

同院は徹底的に患者さんと向き合い、ともに慢性疾患と戦う考えを中心にしている。さらには、高齢で受診することが難しくなった患者さんのために、訪問診療にも対応する。その上で、循環器専門クリニックとしての立ち位置も日々明確にしつつある。「循環器クリニックの先輩方の例では、経営上、一般内科の患者さんの比率が大きくなる傾向があると知っていました。当院にもそんな折り合いが必要かと思っていましたが、1年間の運営の感触から、もっと強く専門性を打ち出してもやっていける確信が得られました」

ところで、末定氏は西東京市医師会の理事を6期12年務め、北多摩地域の医療連携の幹事役も担っている。「心臓外科と地域医療連携は一見無縁に思えるでしょうが、私の場合は違いました。西東京中央総合病院(当時:田無第一病院)は、心臓の手術が大学病院などでおこなわれるのが常識だった時代にいち早く民間病院での取り組みを始めた歴史を誇ります。私も中心となって取り組みましたが、その成否を決めるのは、患者さんが集まるかどうかでした。そのために近隣の病院、クリニックとの連携構築と進展に大きな力を注ぐことになったのです。

病院の地域医療連携室室長も長く務め、地域の医師会、医師の皆さまと長く、深いお付き合いをさせていただきました。その中で、北多摩地域の医療関係者が真摯に真剣に、医療を通じて地域に貢献しようと努力している姿を知り、共感を深めていったのです」

兵庫県明石市生まれが北多摩地域に骨を埋める覚悟をもって

開業に前向きでなかったのに、「理想の医療の実現」という視点を知ってやる気を出したこと。加えて、地域と地域医療連携に深い愛着をもつのに、開業には前向きでなかったことまで知ると、諸々のミスマッチ具合に微笑ましささえ感じてしまう。

末定氏は、兵庫県明石市の開業医の次男。関東地方へは東京医科大学入学を機に移り住んだのだが、現在は北多摩地域、西東京市に骨を埋める覚悟ができている。「この地に愛着、愛情を感じていますし、私に担える役割もあるのですから、ここを終の住処と考えています。阪神タイガースファンだけは、辞めるつもりはありませんが……」

数年前、家業の継承者である兄が急逝した。父は、故郷に戻り、跡を継ぐことを望んだという。「父は、福井県出身ながら明石市で開業し、長い時間をかけて地元との絆を深めた医師です。私はその生きざまに畏敬の念を抱いて育ったんです。継承してほしいと言われましたが『私は、あなたの精神を受け継ぎ、現在のこの地に骨を埋める』という意思表示をしました。父は、わかってくれました。
そう、今の私にこんなふうに仕事をさせているのは、父なのです。その点には、誇りをもって歩んでいきたいですね。父への感謝の気持ちがさらに大きくなる感をおぼえます」

そう述べて少し遠い目をしたあとの笑顔が、とても印象的だった。

田無循環器クリニック

〒188-0012 東京都西東京市南町5-1-8 田無クリニックモール1F
診療科目 : 循環器内科・循環器外科・内科
TEL : 042-461-1711
URL : http://www.t-j-c-suesada.com